大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1629号 判決 1972年8月09日

控訴人 林久雄

控訴人 笠原ちよ子

右両名訴訟代理人弁護士 常盤温也

被控訴人 有限会社葵住宅研究所

右訴訟代理人弁護士 前田政治

主文

原判決を取り消す。

別紙物件目録記載の土地は、控訴人らの所有であることを確認する。

被控訴人は、控訴人らに対し右土地につき横浜地方法務局鎌倉出張所昭和四一年五月四日受付第四、六七〇号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左に付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、控訴人らの主張

(1)訴外林恭弘(以下単に恭弘という。)は、原判決事実摘示第一、一(一枚目裏一〇行目以下)に記載されているように、控訴人らの父林辰五郎(以下単に辰五郎という。)の子ではないから、恭弘は本件土地につき相続による持分権を有する者ではない。したがって控訴人らが相続による各三分の一ずつの持分権を放棄しても、そのことにより恭弘が本件土地の所有権を取得するわけはないから、恭弘から本件土地を買い受けても被控訴人は本件土地の所有権を取得しうるものではない。また、控訴人らは各二分の一の共有持分を有するから、各三分の一ずつの持分権を放棄してもなお各六分の一ずつの持分権を有し、放棄した持分は民法二五五条により互に他の共有者たる控訴人らに帰属するので、本件土地は依然として控訴人らの共有に属するものといわなければならない。

(2)仮に、右主張が理由がないとしても、本件土地につきなされた恭弘と被控訴人との売買契約は、不成立ないしは無効である。

すなわち、恭弘は刑事事件で警察の追及をうけ逃走中、金策のために本件土地の売却方を被控訴人に依頼したにとどまる。

ところが、被控訴会社代表者田島栄治は恭弘に対し、当初は右土地の売却をみるまでの融資だとして昭和四〇年一二月末頃に額面七〇万円の約束手形を交付しておきながら、翌四一年一月五日頃に至るや、にわかに態度を改め、恭弘の窮状につけこみ、かつ、恭弘の印鑑を預っていることを奇貨として金二三〇万円を本件土地の売買代金の残金だとして強引に恭弘に受領させ、本件土地を計三〇〇万円という不当に安い価格で被控訴人名義に移転登記手続をしてしまったのである。

叙上の事実にかんがみれば、恭弘は本件土地を被控訴人に売却する真意を欠き売買契約は成立しなかったものというべく、仮に恭弘と被控訴人との間に本件土地についての売買契約が成立したとしても、右契約は信義則に反し、民法九〇条にも違反するものとして無効といわざるをえない。

(3)控訴人らが原審においてなした「控訴人らの相続による各自の持分権を放棄する旨の意思表示が被控訴人の強迫による」旨の主張(四枚目表一〇行目から一一行目にかけて)は、撤回する。

二、被控訴人の主張

控訴人らの前記(1)(2)の主張事実は、いずれも争う。

なお、恭弘が辰五郎の子ではないとしても、辰五郎が恭弘を嫡出子として届け出たことにより、両名間に養親子関係が成立した旨の主張はしない。

三、証拠関係<省略>

理由

一、別紙物件目録記載の土地が従前控訴人らの父林辰五郎の所有に属していたこと、同人が昭和二九年死亡したことおよび、原判決事実摘示第一、二記載の事実(二枚目表七行目より二枚目裏四行目まで)は、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、恭弘が辰五郎の相続人として、控訴人らとともに本件土地について持分権を有するか否か、を審究する。

<証拠>によれば、恭弘は戸籍簿上辰五郎とその妻なをの間に昭和一四年九月一九日出生した嫡出子四男として登載されているが、実際は訴外小田原文子の私生子であって辰五郎の子ではなく、右訴外人および恭弘の将来を慮った辰五郎が恭弘を同人夫妻の嫡出子として届け出たものであることを認めることができる。

右認定を覆すに足る証拠はない。なお辰五郎の右届出に恭弘を養子とする意思があったか否かは被控訴人の主張しないところであるから、これに言及する必要はない。

そうすれば、恭弘は本件土地につき相続を原因として何ら持分権を取得せず、本件土地は相続により控訴人ら両名の共有となったものというべく、控訴人らが各自の持分権を放棄しても、恭弘がこれによって本件土地につき所有権を取得するに由なく、また控訴人らの持分権放棄は各三分の一ずつについてのみであるから、本来有していた二分の一の持分権との差六分の一についてはなお持分を保有していたものであり、放棄した持分は民法第二五五条により互に他の共有者たる控訴人らに帰属するから本件土地は依然として控訴人らの共有に属することになるものといわなければならない。のみならず、<証拠>を綜合すれば、被控訴会社の代表取締役たる田島栄治は昭和四〇年一一月二〇日恭弘との間に、昭和三九年八月一五日付貸付金八〇〇万円について執行認諾文言を付した金銭消費貸借公正証書を作成したうえ、本件土地を含む辰五郎の相続財産のうち恭弘の相続分三分の一に対して強制執行の申立てをなし、同年一二月一七日競売開始決定がなされ同四一年一月二九日付をもって競売申立て通知書が控訴人らに送達されるや、田島は昭和四一年二月ころ控訴人らに対し右八〇〇万円の弁済を請求し、控訴人らがこれを拒絶するや、恭弘が辰五郎の相続人としてもつとみられていた辰五郎の相続財産についての持分権の譲渡を迫り、もしこれに応じないときは右競売手続を進行させてその競落代金をもって右債権の弁済に充当すべき意向を表明したので、控訴人らは、当時恭弘が行方不明のため事実を確め得ないまま、右公正証書や競売通知等によって真実八〇〇万円の貸借があって競売手続が正当なものであるものと思い、かつ恭弘が辰五郎の真実の子でないことは知っていたが戸籍上辰五郎の嫡出子として記載されている以上同人にも相続財産につき三分の一の持分権があるものと誤信し、もし相続財産が競売されると住居を移転せざるを得ないことになるかも知れず、その他種々不都合なことが生ずるかもしれないことを虞れ、これを避けるためやむなく、辰五郎の相続財産のうちその約三分の一に相当すると考えられた本件土地(ただし、一三二二番の土地を除く。)のうち、後日実測して特定すべき三六六坪を被控訴人に取得させるべく、右土地に対する控訴人らの各三分の一の持分権を放棄してこれを恭弘の単独所有としたうえ、恭弘より田島に譲渡することとし、田島のいうままに委任状、印鑑証明書を交付したところ、田島はこれを利用して、同年五月四日右一三二二番の土地をも加えた本件土地について右持分権放棄および売買を原因として被控訴人名義に所有権移転登記をしたものであるところ、後日、右公正証書は虚偽のものであって、証書記載の昭和三九年八月一五日はもちろんその作成日である昭和四〇年一一月二〇日にも貸借関係はなく、その後一カ月以上経過してから合計金三〇〇万円が田島から恭弘に支払われたのみであったことおよび恭弘が真実辰五郎の子でない以上、戸籍の記載にかかわらず相続権がないことを知るに至ったことが認められる。原審および当審における被控訴会社代表者田島栄治の供述中右認定に反する部分は前記証拠に照らしたやすく採用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、控訴人らは、前記公正証書記載の貸借金八〇〇万円が真実存在するものと思い、かつ、右証書に基づく強制執行が正当なものであると信じ、かつ、恭弘が本件物件に対する三分の一の持分権を有するものと誤信して前記持分権の放棄をしたのであるが、右貸借が真実存在せず、かつ、恭弘が持分権を有しない以上、控訴人らの右持分権の放棄は法律行為の要素に錯誤があるものというべく無効のものといわなければならない。

三、以上のとおりであるとすれば、本件土地は依然として控訴人ら両名の共有に属するものであるから、これを無権利者である恭弘が被控訴人に売却しても、被控訴人は本件土地の所有権を取得しうるものではない。

控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、正当として認容すべきである。

四、よって、右控訴人らの本訴請求を排斥した原判決は失当であるから、これを取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 鰍沢健三 鈴木重信)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例